おやごころ かみごころ

金光教の教会で御用させて頂く日々の中で感じた神様の話

お一人様参拝

今日は
御本部で仕えられる
教団独立記念祭にお引き寄せ頂いた

今日は「お一人様参拝」だった

 

家族と一緒に参拝したいという願いは
あったが
中一の長女が午前中だけ部活に
行かなければならないということで
主人やこどもたちにはお留守番を
お願いした。

 

御本部広前にお参りし
お届けを済ませて
受付案内へ行って配布物などを受け取った


そのときに
「今日はお一人様ですか?」

御用奉仕の学院生が
とびっきりの笑顔で聞いてこられた。

 

もちろん参拝届に
参拝人数は一人と書いて届を出したのは
間違いなかったが
なんだか恥ずかしく感じつつ
「はい、ひとりです(笑)」
と答えた

 

その学院生の笑顔に
救われた思いもしつつ
その場を立ち去って
その後
木綿崎山の奥城を参拝してるときに
ふと思わされた

 

自分一人がまず参拝出来させて頂けた
ことが本当に有り難いことじゃないかと


0じゃない
空欄ではない
1が有り難い


おかげを頂いているから1なのだ

 

布団の中で動けずに泣いてばかりいた
数年前に比べて
あれも、これも、
おかげ頂けているんだという
実感がこみ上げてきた

あの頃のことを思えば
時間も経済の心配なく
健康の上に
家族の思いのうえにも
神様のお繰り合わせを頂き
わたし一人の命を運ばせて頂けた

そして御礼のお参りが出来たと。


こういうことを頭の中で
ぐるぐる考えながら
木綿崎山を登るのも
「お一人様参拝」ならではの醍醐味だ

 

 

今日は
前々から
直接お顔を拝して御礼の気持ちを伝えたいと思っていた先生に
本当に僅かな時間というか
一瞬だったが 
お会いしてご挨拶出来た

その先生にブログを通じてメールのやりとりをさせて頂くようになった頃は
わたしはうつ病の最中だった
先生もその頃
広場恐怖症等を抱える中で
御用されていた

 

その先生が
この度四十年の褒賞を受けられた
代表して御礼の言葉を述べられる
そのお姿を見せて頂けたことが

今日一番のおかげだ

 

今は帰りの新幹線でブログを書いている


今日は図書館で
阿倍野教会の伊藤コウ師教話集を借りた

その中に
「神様に、どうぞ私にしっかり苦労させて下さい、とお願いさせて頂きましょう。それが、先々おかげを頂く元になります。」と書いてあり

尚更有り難い参拝となった

 

これも「お一人様参拝」だから
出来た

 

教会の100年祭のおかげを頂いて(2)



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記念誌の編纂については当初
わたしの頭の中では
今お参りされている方々のおかげ頂かれたことについての思いとか
私自身これまでブログに吐き出していたところをまとめていくことを中心にしていこうと考えていた

歴代教会長については簡単な説明にとどめるつもりであったが、編集させて頂く中で歴代教会長先生の信心に苦労されつつも御用を全うされる姿に触れて、色々と考えさせられるところがあり
結果的には歴代教会長先生の御跡を詳細になぞっていくことが中心となった

特に初代教会長先生のことについては
資料がほとんど残っていないこともあり
私自身
これまでお名前をお唱えしても
あまり実感として尊ぶ気持ちがどうしても薄かった

しかし改めてこの度、数少ない初代教会長先生の資料と丁寧に対峙してみて
初代がわずか布教3年目にお国替えされたこと
その御歳がわたしと同じ
43歳であったこと
お子様を亡くされていることなどがわかり
何となくではあるものの
初代の人と成りが
偲ばれるようにならせて頂いた

うちの教会は
わたしが7代目となるが
それぞれの歴代教会長が遺された
信心の軌跡を掴ませて頂き
やっと「後継」させて頂く
その信心を「受け継ぐ」ということを
遅まきながら
分からせて頂けたような気がする

この教会に住むのはかれこれ
四十数年だが
やっとこの教会の人間に
ならせて頂いたような気がするのだ

またここに自分自身
成長のおかげを頂いたと実感させて頂いている

 

 

教会の100年祭のおかげを頂いて



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今年のお正月にブログを更新して以来
ずっと更新が滞ってしまった
その間ご訪問くださった方申し訳ありませんでした
今年は私の御用させて頂いている教会の
開教100年という大きな節目の年で
5月21日の記念祭に向けて準備に全神経を集中させていました


記念祭は先月無事に麗しくご奉仕のおかげを頂いた

本格的に準備を始めたのは今年になってからで様々な取り組みのおかげを頂いた

おかげ頂いた事柄を並べると

・信奉者トイレの移設
・旧トイレの解体と玄関周りの整備
(スロープの設置、屋外掲示板の新調、   看板の移設、教旗掲揚台の移設)

御広前、楽座、控えの間の畳替え

・楽座、控えの間の建具の新調
・記念祭までの日めくりカウントダウン
・記念祭での吉備舞奉納(三人舞)
そして
・記念誌の作成


今年の初めに決まっていたのは
信奉者トイレの移設と記念誌作成
カウントダウン日めくりと三人舞くらい
 これだけ出来させて頂けたら有り難いと思っていたが
結果的に願い以上の様々なおかげを頂いたんだと改めてびっくりしていると同時にもったいない気持ちでいっぱいだ。

これはすべてわたしの頭の中で計算して出来たことでなく
みな神様がお計らいくださって出来させて頂いたことを実感しているし、そのことがまた有り難い

事を進めていくなかで
当初は自分が一人で出来る精一杯をさせて頂けばそれでよいとわたしは考えていた
人は当てにしないと決めていたからだ
しかし、いざ準備を進めていくなかで
自分一人ではさっぱり見当もつかず、人の手を借りなくては出来ないことばかりだった
そういう中で思うようにいかない人の心に触れ
しかしそれを不足に思わず
すべておかげにならせて頂くよう
神様にお縋りしながら進めさせて頂いた。

 

わたしは以前は記念祭などに合わせて
記念事業を進めることに非常に懐疑的だった。
それはわたしがそれまでに見聞きしたことの中に原因があった
そこは今掘り下げては語らないが
過去の記念祭の取り組み方に問題があったことは否めない

そういうことから
記念祭をお迎えするのに特別なことをする必要はなく
清い御礼の心さえあればそれでよいと思っていた。

しかし、今にして思えばそれは体よく逃げていたに過ぎなかったと思う

清い御礼の心を持っていても
その心を形にしなければ
本当の御礼にならない

有り難うと心で思っていても
言葉にださなければ相手に伝わらないように
神様は確かにすべてご存知なのだが
だからいいや~では
本当の御礼にはならない

 

そのように思わされたのは昨年
親教会が開教100年をお迎えになり
記念祭に向けて親先生をはじめ、信奉者の皆さんが心を合わせて取り組みを進められる姿に触れてからだ


そういう心境にある時
信奉者トイレの改築の必要性が出て
100年に合わせておかげを頂かせてもらおうという機運が信者さんの中で高まった。それで取り組ませて頂きたいとの願いを持たせて頂いた

教会長の私がせよと指示したわけではない
それが有り難い

その他にもこれまで教会の歴史を全面に綴った冊子がないことから、ささやかでも冊子を作成させて頂きたいと私自身は思っていた。当初1人で編集させてもらっていたが、寄稿を募集したところ
何人かの方が手を挙げてくださった。
自分の分からないところは母方の叔父が色々と教えてくださった

叔父とは過去20年以上確執があって
私は随分苦しい思いをした
もちろんそれは叔父も同じであろう

それが今では共に100年祭に向けての取り組みを進めさせて頂くまでにおかげを頂いた。立派な冊子が出来なくても
もう、その取り組みが出来させて頂くこと自体がおかげだと実感した。

 

(続く)

 

「自立」した信心

 

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新年あけましておめでとうございます
今年もまったり更新でまいります
どうぞよろしくお願いします


さて
年が明けたのに
話は昨年末に遡る

昨年12月に
長女の場面緘黙症のカウンセリングに
夏休み以来で行ってきた

長女が小学3年生の時から

通い始めたカウンセリング

次回3月をもって
一応「卒業」させて頂くことになった

今でも初めて受診した時のことを

はっきり思い出す事が出来る


初めて「場面緘黙症」のことを知った長女が
帰りの車の中で胸の内を話してくれたことを


学校で話せない自分について
「世界中でわたし一人だけが変なのかと思ってた」

と言った長女の言葉


当時は親子で五里霧中な心境ではあったが
自分の心の内を話せた長女にとっても
長女の心を知った母のわたしにとっても
尊い一歩を踏み出した瞬間だった

 

あれから3年
相変わらず学校では
積極的な発語や
フリートークは難しい部分もあるが
担任の先生をはじめ学校の先生方や

クラスメートなどの友人の理解を頂いて
本人が安心して
学校生活が送れるようになってきた


特に6年生に進級してからの
長女の心の成長には
今までになく目覚ましいものがあった

一学期がはじまる頃は
親としては正直大丈夫だろうかと
心配ばかりであった
6年になると上級生として
責任ある役も増える
果たして
長女に出来るだろうかと

 

しかし
カウンセリングの先生は
「話さないといけない状況に追い込まれれば
出来るところまできてる」
と今の長女の状況を的確に分析してくださった。
そして
「本人を信じてあえて制限を設けず任せてみたらいいかもしれないですね」
という一言でわたしもとても楽になった

 

また、担任の先生も本人のよい部分を
しっかり取り上げてくださって
そのことが本人の

「自信」

につながったようだ

 

そして2学期の個人懇談


順番を待っているときに目に入ってきた
廊下に貼られている教室での写真には
楽しそうな笑顔で写る長女がいた

 

小3のときの教室で撮られていた

スナップ写真に写っていた長女は
後ろの方で人の影に隠れるように
無表情で佇んでいたのだが

その時とは別人のようないい笑顔

 

あの頃のことが思い出されて
よくここまでおかげ頂いてきたなあと
胸が熱くなった

 

通知表には「自主・自立」とある欄のよくできるに○をつけてくださっていた 

 

話す、話さないというところを問題にすると
そんなに進歩はないのかもしれないが 
それ以外のところで
長女は一生懸命頑張ったようだ
それもいやいやではなく
人に流されるわけでなく
自分の問題を知りつつ抱えながらも
自らの志で出来るところを精一杯
行動に起こすことが出来た

 

「ああ、成長させて頂いたなあ」


そう感じれることは本当に親として

かけがえのない喜びであり幸せだ

 

年末の親教会での御礼参拝では

わたしの横で姿勢を正して親先生のお話に耳を傾ける長女の姿があった

長女なりに神様のおかげを実感させて頂けたのかもしれない

そう思うと

場面緘黙症」という障害が 

単なる障害ではない

とても尊いものを孕んでであるような

気持ちがして有り難いとさえ思えた


さて

年が明けて教会の元日祭
毎年恒例のみ教え福引きを引いた


わたしが引いたのは

「信心は、話を聞くだけが能ではない。
 わが心からも練り出すがよい」
というみ教えだった

 

なんだか親神様
わたしにも「自立」を求めておられるのかと感じた

 

長女が親のわたしを喜ばせてくれたように
わたしも親神様に喜んで頂けるような
「自立」した信心が

出来させて頂けるかどうか

そして一歩成長をさせて頂けるかどうか

それが
わたしの今年の目標であり課題である

凛として

昨日は同じ連合会内の教会の
教会長先生の終祭にお参りさせて頂いた

4月に脳梗塞でお倒れになってから
寝たきりとなられていた
一度お見舞いに行かせて頂きたいなあ
と思っていた矢先の訃報だった

先生と初めてお会いしたのは
わたしが学院生の時
コース別研修の講師として学院へ
お越しになった時だ

「あなたのお父さんにはお世話になってるんですよ。女の身で教会長にならせてもらったばかりの頃、連合会の行事でお会いするたびよく声をかけてくださって励ましてくださった」
と声をかけてくださったのが最初だ

黒衣をお洒落に着こなされ
凛として講義されるお姿が
とても印象的だった

その後わたしが教師にお取り立て頂き
連合会の行事などでお会いするたび
明るく声をかけてくださった

当時先生は未信奉者であられたご主人と
結婚され大阪でお仕事をされるご主人とは
別居の状態で教会の御用をなさっていた

いろんな夫婦
いろんな教会
いろんな御用のあり方があるんだなあと
思わされ
先の見えない不安に押しつぶれそうな
当時のわたしの心に勇気を頂いていた。

その後そのご主人も教師にお取り立て頂かれて
妻である教会長先生を支えられた
ご夫婦にお子さんはおられなかったが
いつもお二人で会合などに出席されるお姿は
わたしの憧れの姿にも思えた

ご主人先生が
お国替えされたのが約2年前
さぞお力を落とされてあるだろうと
心配だったが


先生はお独りになられても
お会いしたときには
身だしなみはいつも完璧で
いつお会いしても
背筋はピンとされていた


わたしが最後にお会いしたのは
お倒れになる一週間ほど前


連合会の教師会に遙々出席されていた
午前中のみの出席ということで
途中で退席される先生をその場で見送るのが
なんだか忍びなく
駐車場まで送らせて頂いた
ご主人がお国替えなされてから
交通の手段がなく
なかなか連合会の行事でお顔を拝見することが
少なくなっていたので
どうやってこの会場まで来られたのか
伺うと
知り合いの人にお願いして乗せてきてもらった
そうなのだ
そうまでしてご出席くださったその先生の気概に
圧倒されていると
「死んだと思われたらいけんから(笑)」とケラケラとお笑いになられた

しかしその笑顔の奥で
どんなご修行があられたかと思うと
改めて心を引き締められる思いがした

そして

「またお会いしましょう!」と笑顔で別れた

 

 

葬儀に掲げられたご遺影には
きらきらするような笑顔で
写っておられ

まるであの日の延長のように思われた

そのご遺影は
先生自らが用意されていたそうだ

 人を助ける身にならせて頂きたい

その願いのままに一生を貫かれた

その真っ直ぐで潔い先生の生き様は
またわたしの心に勇気を与えてくださった

 

 

 

先生の御霊の道立てと
ここからの教会のお立ち行きをお祈り申し上げます

 

 

当たり前の中のおかげ

去る日曜日は
関係教会の生神金光大神大祭だった
主人やこどもたちもぜひお参りくださればとのことだったので

一緒にお引き寄せ頂いた

 

今回は教話の御用も賜っていた


家族の前というのは
なんとも話づらい(^^;)
日頃一番側にいて
わたしのよい部分と悪い部分も含め
わたしの本性をよくご存知の方々なので
口先だけのことを言うと
ハリボテなのがすくバレる(笑)

 

だからと言って当たり障りないこと言って

誤魔化すことも
御用としてはどうなのか?とも思い
思い切って日頃は
家族に対して(特に主人に対して)面と向かって言えないことも含め
教話の中で語らせて頂いた

内容は以前のブログには書いたことがあることだが家族の前で話すのは初めてのことだった

意味を理解していたかどうかは分からないけど
こどもたちは真剣に聞いてくれていた

主人も耳は傾けていてくれてたと思う(たぶん?)

 

内容的には
信心というのは
当たり前の中のおかげに気づくこと 
ということ

うつ病を患うことを通して分からされた
家族の思いと
神様の思いを悟らせて頂けたことを
話させて頂いた

以前のブログ↓

見えない思い | 神様と二人三脚

 

 

なかなかの御修行だったが(笑)
なんとかさせてもらえた

 

家族はさぞおしりの辺りがモゾモゾしたこと
だろう

 

それにしてもやっぱりわたしは
教話苦手だ?
後で自分で聞いてみて
大切なところを抜かしていたり
時間かけなくていいところを
熱弁してたり(笑)

聞いてくださる方もこれでは
御修行だ?

 

しかし、お直会の時に
ある信者さんが
「わたしも似たような境遇なのでよく分からせてもらった」と仰ってくださった。

 

その言葉にわたしも救われる思いがした。

 

ちなみに長女は
「今日は最後までちゃんと聞いてた」と教えてくれた(いつもは聞いてないんだな、笑)


感想などはなかったが
いずれ大人になって
何かのきっかけで思い出してくれたら
いいなあと思う

 

主人はやっぱり
ノーリアクションだった(笑)


まあ予想通りだが

あの頃からまた何年も経ったが
相変わらず側にいてくださっているんだと

改めて

静かに感謝だ

何を目的にするのか?

こどもたちの学校では
12月の持久走大会に向けて練習が始まって
いるようだ

先日
長女が学校から帰ってきて
「お母さんが言っていたことと同じことを先生が言ってた」
と話してくれた。

何のこと?と聞いてみると

「ご褒美目当てに走るな」と言われたそうだ。

そしてしばし長女と何を目的に走るのか
ということについて意見交換した。

長女は以前は
友達は何位以内に入ったら何を買ってもらえるという話題で持ちきりになるが
うちは何もないからつまらないとよく言っていた。

そう言って悲しい顔をされる時には
わたしも悲しい。つい情に流されて
何か買ってやった方がいいのかなあと
迷う

しかし、いやいや
と思い直すのだ

そういえば
まだ上の2人が幼稚園の頃の話だが
マラソン大会が近づくと
ママ友さんの間でも
何位以内に入ったら何をあげるという話題で
もちきりになっていた

ある年のマラソン大会の時
うちの子だけ買ってやらないのは
おかしいことなのかなあと気が迷い
10位以内に入ったら
お望みのおもちゃを買ってあげると
約束してしまったのだ。

こどもたちは喜んだが
結果はなんと2人とも11位。
おしーい!(笑)
結局おもちゃは買わずに済んだが。

こどもたちはとても残念だったに違いがない
でも今思えばそれは 「おかげ」だったなあと思う。

あの時順調に10位以内に入っていて
おもちゃをもらっていたら

どうなっただろう?

ご褒美がなくては

本気で走れない子になっていたかもしれない


勉強するにしても
好きなことに打ち込むにしても

「何を目的にさせて頂くのか?」という
ところが要である

 

信心もしかりである
望み通りのおかげを目当てに
神様を拝んでいると
おかげが叶わなかった時
信心するのが馬鹿馬鹿しくなって
やめてしまうことになってしまう 

 

それはまさに本末転倒である

 

神様のくださるおかげというのは
神様の親心から発動されるものだ
神様はわたしたち氏子の親だから
決して氏子のためにならないことは
なさるはずがないのだ

 

そこの親心を分からせて頂く人にならせていただくということが
何よりも大切である。