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おやごころ かみごころ

金光教の教会で御用させて頂く日々の中で感じた神様の話

御取次

昨日は親教会へお引き寄せ頂いた。
親教会は同じ市内にあって
車で20分ぐらいと近いので、
本当は日参させて頂きたいところだが、
今は月3回を目標に
勝手参りをさせて頂いている。

わたしが
本気で親教会の御取次を頂くようになったのは
父が亡くなってからだ。

といっても最初は
「親教会だから参らないといけない」
と思って義務的に形だけのお参りだった。

それからしばらく経ってのこと
今でもはっきり覚えているが
ある時に親先生から
「お教会では御取次が出来ておられますか?」と尋ねられたことがある。
わたしは
「はい!」と元気よく答えた(笑)

しかし後になって
「なぜ親先生はあのようなことを
お尋ねくださったのだろう?」
と妙に引っかかった。

そして
それからわたしの中で
「御取次の御用が出来ている」とは?
「御取次を頂く」とはどういうことか?
がとても問題になっている

あれから17,8年が経とうとしているが
色々あるなかで
御用をさせて頂きながら
その問題と日々向き合わせて
頂けているということが
とても有り難い

そんなことを感じさせて頂いた
昨日の参拝だった。